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歴史

2018年2月17日 (土)

戸矢学 「ニギハヤヒ」

 神武天皇の東征以前に畿内を治めていた王であるニギハヤヒについての書籍です。
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(下の画像はamzonに掲載されているもの)
 ニギハヤヒは神武天皇よりも先に畿内に天下りしていた天神とされており、神武東征の時に、神武天皇に国を譲ったことになっています。また、ニギハヤヒの子孫は物部氏となります。日本古代史上の重要人物ですが、記紀ではニギハヤヒの出身などはそれ以上説明されておらず、また、神武東征時点で国を譲ったのがニギハヤヒその人なのか、ニギハヤヒはすでに故人あり、息子のウマシマジの代の出来事であるのか、記述にばらつきがあります。
記紀では皇室の祖先の系譜は次のようになっています。
天照大神
アメノオシホミミノ命
❘       ❘
ニニギノ命  天火明命
ホオリノ命
(山幸彦、ヒコホホデミノ命)
ウガヤフキアエズノ命
神武天皇
 一方で物部氏の歴史を記した書である「先代旧事本紀」ではニギハヤヒの出自は明記されています。ニギハヤヒのフルネーム(?)は「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)となっており、天照大神の息子であるアメノオシホミミ命の息子でありニニギ命の兄である天火明命と同一神であるとしています。
 「先代旧事本紀」の通りであれば非常に面白いです。それならば、初期の天皇が物部氏の女性と多く結婚していることも納得できます。また、神武天皇と天照大神の間の本当のの世代数のヒントにもなりえます。そして、天照大神の子孫たちが各地に天下ったのではないかなどと想像も膨らみます。
 この書籍はそんな物部氏の祖にして日本史上の重要人物であるニギハヤヒについて考察したものです。
 神武天皇とニギハヤヒはどちらも天つ御璽(みしるし)をもつ天照大神の子孫ある。それなのに、先に天下っていたニギハヤヒは後から来た神武に帰順し、支配権をあっさりと譲ったように記紀には書かれています。そして、なぜそうなったのか全く説明はありません。このあたりのことについて追及してみたと筆者は言っています。
 筆者である戸矢氏は神道の専門家であり、神社や神道に関する知識を生かして、論を進めようとします。読み始めると、序盤には納得できる論もいくつかありました。特に、人は死後、神となるのであって、神と書いてあるから架空なのではなく、神とは人であるという趣旨の記述にはその通りと頷首しました。また、神となった古代の重要人物たちが全国の神社でどのくらいまつられているかというデータも参考になることがあるかもしれません。
 このような本であるため、「神道ではこのように考える、だから、この事象はこのように解釈できる。」といった議論を期待したくなるのですが、後半に進んでくると、これはこうだ、」これはこうだといった、根拠を示さない決めつけの羅列になっていっていしまい、全くロジックを追うことができなくなります。これでは議論になりません。
 ニギハヤヒという重要人物について神道の立場から迫ったという実に興味ぶかいテーマの本書でしたが、結局は論の体をなしていないものというしかありません。筆者にはぜひより明瞭な論理展開からなる探求を期待したいところです。

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2017年2月18日 (土)

卑弥呼は前方後円墳に葬られたか

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 土木学者の小澤一雅氏の著した前方後円墳、魏志倭人伝、および記紀年代等について、数理的分析を元に総合的に考察した書籍です。
目次
序章 邪馬台国を数理で読み解く
第1章 古代を解く鍵はなにか
第2章 邪馬台国論争を数理的に再検討する
第3章 古代天皇の崩年を合理的に推定する
第4章 古代の人口と政治支配
第5章 前方後円墳の形を分析する
第6章 前方後円墳の時代
第7章 海を越えて活動する倭人
第8章 邪馬台国を眺望する
終章 はるかなる古代―探究の歩みと展望

 

 安本美典氏の一連の著作に続く、数理モデルに立脚した日本古代史に関する考察です。安本氏は平均在位年数による古代の天皇の実際の崩年を推測した結果、神武天皇を三世紀末、天照大神の時代を三世紀中ごろの卑弥呼の時代と重なる時代であると主張し、注目を集めました。安本氏の示した計算方法は、歴代天皇を時代別にいくつかに区切り、それぞれの平均を求めて変化傾向を示し、初期の天皇においては平均在位年数が10年であったと推測しています。この方法については、平均を算出するための区切り方が作為的であり、少し区切りをずらすと結構替わってしまうという批判があります。

 

 小澤氏は同様の推測を行っていますが、数代の天皇の在位年数平均の変化を追跡する、院政が行われた時代を異常値として除外するといった手法により厳密化を図っています。安本氏とやっていること自体は変わらないのですが、作為的な区切り方による結論の誘導が結果に影響を与えていないことがわかりました。推計方法に起因する誤差は依然として存在するものの、天照大神や神武天皇の年代が3世紀半ばおよび3世紀末であるとの計算結果はひとつの目安を与えるものであることが確認できたと考えます。

 

 次に小澤氏は、古代人口と古墳の規模、形状という数理について考察していきます。まず古代の人口とそのなかで国家が動員できる支配人口の推計を行い、その結果を踏まえて、箸墓が卑弥呼の墓であるかどうかを検討しています。その結果、邪馬台国の支配人口では箸墓の体積を有する古墳の築造は不可能であっただろうと推測しています(逆に崇神天皇の時代ならば可能)。

 

 小澤氏は、上記のほかにも多角的な数値情報のそして、多少の文献資料の整理をおこなった上で、箸墓古墳は卑弥呼の墓ではなく、邪馬台国の所在地も九州に比定するのが妥当だとしています。

 

 小澤氏の計算結果については、他の証拠により検証し、信頼度を確認していく必要があるのでしょうが、一つの適正な析方法と結果を示しているのではないでしょうか。

 

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2015年10月11日 (日)

「古事記」と「日本書紀」の謎

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 この書籍は大阪中之島にあるロイヤルホテルの文化教室「エコール・ド・ロイヤル」で「ロイヤル日本史講座」として開催された講演を再構成し書籍化したものとのことです。

 著者は写真の通り、上田正昭、岡田精司、門脇禎二、坂元義種、菌田香融、直木孝次郎です。書店の歴史コーナーには似たようなタイトルの素人歴史家の書籍が並んでおりますが、こちらは歴史学の専門家6名が著者となっております。

 この6名の歴史学者がそれぞれ古事記と日本書紀についての考察を行っているのですが、さすがに専門家らしく、学問の世界では当然なのですが、仮説の根拠が明瞭に示され、どうしてそう考えているのかが分かるように書かれています。素人歴史家の書いた本ですと、
たまたま知った知識をもとに想像に想像を重ねてぶっ飛んだ結論になっているものが散見されるわけですが、この本では豊富な知識に支えられた安定した議論が展開されています。
 記述の中には「継体王朝」など、記紀の記述は作為による架空の物語が多く含まれるとする史観に基づく見解も見えますが、全体に論拠を明確に示している分だけ、継体新王朝説や欠史八代説などははっきりした根拠がないことも結果的に良く分かるようになっています。

 

(具体的には、岡田精司氏は継体新王朝説を採っているのですが、継体天皇が応神天皇5世孫であるという記紀の記述について「事実ではないと思います」と述べているのみで、それを裏付ける根拠としてあまりめぼしいものがあげられていません)

 

 細かい事項になってくると専門的過ぎて読みにくいところも多少あるのですが、あくまで一般人向け講座の内容を一般向け書籍としたものという範疇に収まっており、概ね読みやすく書かれています。

 

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2015年10月10日 (土)

仕事に効く教養としての「世界史」

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 ライフネット生命CEO出口氏が世界史について書いた著書です。海外でビジネスをする際には世界史や世界地理の知識があるとコミュニケーションのハードルが下がるとしています。
 私は海外でビジネスなどしたことがないので、それがどのくらい本当か全く分からないのですが、世界史に限らず仕事以外の分野で語れる教養を持っておくことは効果的なのでしょう。

 内容を読むと、世界史の通史の中で、筆者が理解したいくつかのテーマについてまとめられています。筆者はかなりの世界史好きなのでしょう、多くの知識を自分なりに再構成してまとめています。私としては、世界史が仕事に効くことなど全然ありませんが、新たな視点で歴史を見直しことができたのでとても面白く読ませていただきました。

 

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2015年6月14日 (日)

東大のディープな日本史2

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 「歴史が面白くなる東大のディープな日本史」が結構面白かったので続編も買ってみました。

 前書きを読むと、前著(以下1とします)から余り時間をおかずに2を出版したことについて、前著が予想に反して大きな反響があったこともあるが、いただいた意見に対する回答の意味も込めて出版したといったことが書かれています。

 1は読者の通史的な理解を助けるために正統派的な問題を各時代から選んだのに対して、2はより遊び心が感じられる問題を選んだとしています。

 問題に選ばれている題材としての歴史事実としては1は「平氏はなぜ政権を奪取できたか?」、「北条氏はなぜ将軍にならなかった(なれなかった)のか?」のような中学生でも知っているような事柄に対して意味や理由を追及しているのに対して2では朝廷はなぜ巨大道路を建設したか」のような比較的知名度の低い事象が取り上げられています。ただ私の感想としてはとくに問題の面白さ(や難易度)は特に変わっていないように思われました。

どちらも歴史を考察する面白さを教えてくれる良書であると思います。

 

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2015年5月22日 (金)

歴史が面白くなる 東大のディープな日本史

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 東京大学入学試験の日本史試験問題の面白さに惹かれた予備校講師の筆者が東大問題を題材に一般書籍にしてしまったという本です。前書きのところでつかみとして、とても目を惹く面白い問題が2台例に出されています。2つのうち片方は答えのない(日本の歴史学が回答を見出していない)問題です。これを見るとたしかに高得点はとりくそうな高度な問題ですが、高校日本史は結構細かいところまで勉強してしまうので、どうしても応用的な問題にならざるを得ないのかもしれません。「東大文系を受けるなら日本史よりも世界史を選択するほうが良い」という意見を見たことがありますが、これなら確かにそうかもしれないと思えてきいます。

 本文に入ると入試に出題された問題があり、歴史的背景の説明、回答例が並んでいます。問題文は確かに考えさせられるものばかりですし、解説は解説で読み物として読みやすく面白く書かれています。ただ、取り上げられている問題の内容自体はわりと正統派のテーマを扱っているような気がします(と思ったら続編にはそうかかれており、2巻目はより変わったものを取り上げたと書いてありました)。そこそこ日本史の知識のある方ならば、問題を読んですぐに答えが浮かばなくても、その後の歴史解説を読めばたしかにそうだと思えると思います。

 東大日本史を一般書籍にして歴史の面白さを伝えようという筆者の意図が成功した良書だと思います。

 

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2015年3月20日 (金)

その後の三国志

一昨年購入した『「その後」の三国志』
劉禅の即位から八王の乱の始まりまでを1冊にまとめてある。
全207ページで概ね時代順に書いてあり、五丈原の戦いがP65。
三国志の終盤をちょっと見たいときに便利です。

 

 

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2014年11月19日 (水)

前田利家生誕地

 最近、名古屋へ行くことがあったので、前田利家が生誕地に建立したという荒子観音に立ち寄ってみました。観音寺という寺号で天台宗であるとのことです。

 前田利家といえば加賀百万石ですが、出身は尾張国荒子村です。織田信長に若いときから仕えていました。

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本堂です。綺麗になっています。

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多宝塔です。重要文化財になっています。
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横から入ってきたのですが、正門に回ると、このような看板が立っていました。 

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一箇所案内のない交差点があったので少しだけ迷いましたが、それらしき場所に到達できました。こちらは神社になっています。隣接地には公園がありました。ここは城跡でもあるようなのですが、この神社と公園を合わせた場所が城だったのかもしれません。

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こちらは比較的訪問者が少ないのか、ひっそりとした雰囲気に感じられました。周辺は昔からの市街地なのか、かなり狭い路地がたくさんありました。

 

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2014年10月23日 (木)

関裕二 天孫降臨の謎

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 2003年に刊行された、歴史作家関裕二の日本建国に関する著作です。
 天孫降臨などの建国神話を絵空事と決め付ける通説を批判し、神話のなかから真実を導き出そうとします。記紀や先代旧事本紀、魏志倭人伝、朝鮮の三国史紀などから、歴史を探るための興味ぶかいエピソードを引用し、読みやすく書かれています。関裕二の読ませる力は高いと評価している方を見かけますが、さすがは作家らしく、読みやすく書かれています。
 神武東征の出発地が日向であることに対して、南九州の隼人を述懐するためにそのように創作したのだという説に対して、それならば蝦夷のいた東北にも神話が広がっていなければならず、不合理な説明であると批判しているところなどはなるほどと思えます。
 しかし、読みすすめていくと、はじめのほうは文献の記述から読み取れることを描いているわけですが、後半に入ってくると次第に主観的な解釈が多くなっていきます。大胆に想像の翼を羽ばたかせ、こんな裏事情があったに違いないと決め付けのように論が進んでいきます。そして、通説を批判しながらも、記紀などの古代史に関する文献の記述はなんらかの作意を持って都合が良いように創作されたに違いないとの発想に囚われきっています。
 私は読んでいくにつれ、読みたくなくなってきました。
 まあそれでも、うしろのほうでも古代史に関する資料から興味深いエピソードを集めていますし、小説のような古代史が読みたい方、これから日本古代史についていろいろ読んでみたい方には良いかもしれません。
 たぶん私は関裕二の本はもう読まないだろうと思います。
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2014年7月 7日 (月)

戦後史秘話「中国軍」が沖縄にいた!〈週刊朝日〉

 終戦直後の沖縄に中国軍がいたという意外なニュースがでました。

ここから本文です

戦後史秘話「中国軍」が沖縄にいた!〈週刊朝日〉

 沖縄戦終結から今年で69年。知られざる戦後沖縄の新たな一面が明らかになってきた。第2次世界大戦直後、沖縄に残された米軍の武器や物資が集められた場所があった。鉄条網で囲まれたそのエリアは「チャイナ陣地」と呼ばれ、中国軍の兵士たちが駐留していたという。

---中略---

「チャイナ陣地について載っている文献はほとんどありませんでした。地元のお年寄りだけが知っていて、下の世代には語り継がれていませんでした」

 聞き取りで、中国の軍隊が確かにいたこと、チャイナ陣地のだいたいの場所、そこにはおびただしい数の車両や鉄骨が置かれていたことがわかった。ただ、か つてチャイナ陣地があったといわれる場所に行っても、現在は畑や中学校になっていて何の痕跡もない。地域のお年寄りでも知っている人は限られている。

以下略 ソースはこちら

 歴史には、当時いた人たちには常識だったことが、後世に全く伝わっていないというものが良くあります。昔の庶民の暮らしは歴史で最も分からないことに挙げられますし、比較的新しい例でいうと昭和30年代の国道のルートなども、現在調べようとすると結構骨が折れるのも良く似た事象だと思います。この事実もそのようなもののひとつになりかけていたのですが、ここで上手く発掘されたようです。
 この「中国軍」は国民党軍で、中国共産党との戦いのたため、アメリカ軍の余った資材を買い取っていたとのことです。

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